今日の昼休みのこと。ビルから出ようとした時は雨が小降りだったので、私は少し迷って、傘を置いて行くことにしました。かなり離れてしまってから雨が強くなり、戻っても進んでも濡れてしまう状況に。迷ったら傘を持つべきだと思いました。
今年頂いた年賀状の中に、近況のお知らせをされているものがありました。具体的な現在の取り組みと進捗、展望に関することで、大変考えさせられました。
家を出て角から南を見れば、ほとんど変わらない故郷の景色が広がって見えます。お正月気分もそろそろ終わり。仕事のある土地へ帰って行くとします。
今年は実家のピラカンサに実がついていないため、ジョウビタキの飛来がありません。昨日、初詣に行くと公園で見かけましたので、地域には来ています。
ものを生きているように捉えるのは、子供じみていますが、能力を備えているものが使用されないでいたり、別の用途に代用されているのを見ると哀れさを感じます。私は用の無いものを置けなくて、いま最小限のものと暮らしています。
懐かしい場所に訪れても、そこは今の人々の町であって、私の居場所ではなくなっている。当時あった私の居場所は、時間と共に現存しないものの範疇へ移ってしまった。
年賀状を書いています。1年間の終わりに行う毎年の行事です。書き始めの文字は不慣れでなかなか決まりません。最後近くになって筆に慣れて来ますがその時には制作はもう終わりです。
明日だと思っていた冬至は今日、21日だった。皆、意外だったようで、メールでも電話でも複数の方と同じ話題でやり取りをしました。
最近は雨が多いからだろう。川の水位がいつも高めで、亀や水鳥が好んで乗って休む木が水面の下に沈んだままになっている。
今し方、ゴミ当番のため、所定の場所にネットや箱を出して来ましたら、澄んだ空には明るい冬の星座がかかっていました。
4年間かかって徐々に溜まった、その時々に必要だった紙による資料が山のようになっているのを、少しずつ吟味しながら減らしています。まだ時間がかかりそう。
最近は真冬並みと言われる寒さ。食べものも、飲みものも、過ごす部屋の空気も暖かであるだけで有り難くなります。